
これがパトローネ
■パトローネの名称の由来パトローネとは写真のフィルムを納める金属性のケース(右写真)のことです。「民衆の生活と闘いを納める」意味で写真の会の名称にしました。 ■パトローネ結成のころ写真の会パトローネは1989年10月、市民運動などで写真撮影担当をしていたメンバーで結成されました。当時、ある新聞社の写真部のカメラマンを講師に、写真の技術や、写真運動の歴史などを学びました。 結成当時は機関誌は発行していませんでしたが、撮影した写真を発表する場がほしいと、1990年4月、長崎の本島市長銃撃事件の取材を中心に、創刊号を発行しました。当時はページ数もまだすくなく、コピーで印刷していました。 当時の苦労は、コピーできれいに仕上げるために、写真はモノクロがベストということで、暗中模索でモノクロ写真の現像をするため暗室を作りました。知り合いなどから暗室用品をかきあつめてたったの2万円で暗室をつくったと自慢したものです。 カラーフィルムしか知らないものが、酢酸のにおいのするなかで、写真の現像を覚えました。 ■コピー印刷からオフセット印刷へパトローネ9号(1992年4月)から、印刷所のご好意でオフセット印刷ができるようになりました。製版は印刷所のあいた時間を利用してわいわい10人くらいで切り張りをやり、印刷工の会員が、仕事の合間に印刷しました。すべての工程を会員が担当することで、ほとんど紙代の値段で印刷できるようになりました。 このころから、鹿児島や東京などの各地からの協力が得られるようになり、発行部数も飛躍的に拡大しました。 ■マッキントッシュ活用から表紙のカラー化へパソコンを利用した印刷が可能になり、表紙の印刷を19号(1994年10月)からカラーにしました。編集も次第にMacintoshを活用するようになり21号(1995年4月)からは、完全電子製版に転換しました。 マッキントッシュ製版では、さらにコストを下げることができました。また編集坦当者の個人のマックも活用できるようになり、製版スピードも飛躍的に短縮しました。現在ではインターネットでの原稿入手や、写真の伝送も可能になりました。 ■読者やさまざまな方の善意にに支えられて パトローネには、アマチュアの皆さんはもちろん、プロの写真家の方も協力いただいております。宣伝を掲載せずに、購読しやすい価格を維持するために、心苦しいのですが、寄稿していただいた方に、稿料はもちろん、材料費から交通費まですべて手弁当でお願いしております。 今後とも皆様方のご支援ご協力をお願いする次第です。
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